横浜雙葉中学校が気になった話。
そんな中ですが、この夏休み、わりと家族で県内プールや海に出かけてます。
自分のすることも子どもの勉強も回ってないのにそこは行くんだ、と自分でも思いますが、でも、わたしら「親が」、たまの休み、子どもたちと遊びたかったんすよね。
あと、ユズは、「小学生の夏休みの楽しみを全て犠牲にした」ということが禍根を残しそうで。この子は、いまは「勉強をしながらも夏休みを楽しんだ」というていを作ってあげた方が、のちに勉強に目が向く気がしています。
根拠はないです。逆に「勉強漬けにしてくれた方が早めに受験モードに入れたのに」と、あとで子どもに恨まれるかも。
でも、アニメ「鋼の錬金術師」の中で、「間違ってるかもしれない。でも、生きてるから前に進むしかない。自分の一番納得する方法で」って言ってたので、私は、子どものおしりをたたきながら、でも子どもと遊びながら、前に進んでいくんでありましょう。
そんな日々の中、私、ひょんなきっかけで、ある学校を「ここいいな」と思いました。
その学校は、「横浜雙葉中学校」。
きっかけは、最近わたしは、長距離電車移動が多くなっております。親の介護で。
長距離電車移動の車内で読書する時間がふんだんにできて、それはそれで優雅な時間なのですが、手に取った本が三浦しをんさんの「白いへび眠る島」。
https://www.amazon.co.jp/白いへび眠る島-三浦-しをん/dp/4043736037
で、「白い蛇眠る島」のページを開いたら、たとえば第一章のタイトルが、下記のように書いてあるのです。
第一章 島に帰る
幼なじみは出迎える-猪との格闘の話-赤いのぼり-屋根から見た集落-不吉な噂
ああ、懐かしい。
古き良き昔の岩波の児童文学って、みんなこんな感じでしたよ!
「エーミールと探偵たち」とか。
それで私は、同年代の三浦しをんさんが、自分と同じように岩波の児童文学に夢中になった幼年時代をもったことを直感的に感じ、もしかしたら横浜雙葉だったら、こういう幼心をもったまま大人になることを許容する6年間を送れるのかしら、と思っちゃったのです。
そこで、三浦しをんさんと横浜雙葉について興味を持ってさらに調べました。
すると、「三浦しをんさんは、幼年期に文学者の父親から、天沢退二郎の『光車よ、まわれ!』という小説を与えられて以来、本好きになった」とのこと。
「光車よ、まわれ!」、私も子どものころ大好きだったし!!!
しかも、三浦しをんさんは大学同窓で、在学期間もかぶってるので、キャンパスのどこかですれ違っていたかもしれない。
幼年時に同じ本が好きで、大学も同じなのに、私は三浦しをんさんと何が違うんだろう(←大違い。そもそも三浦しをんさんの親は文学者なので、そこからして大違い・・・)
いやまて、私は時すでに遅しだが、ムスメが横浜雙葉に入ったら、ムスメが直木賞作家になれるんじゃ?(←すみません。もはや妄言ですねこのくだり。読み飛ばしてください・・・)。
などという、親ばかバカ親のアホすぎる思い込みなんですけど。
カトリック系で校則厳しそー。と今までむしろ敬遠してた「横浜雙葉」ですが、俄然気になっちゃったのです。
とは言えオーキャンとか、もう終わっちゃってる感じですが、これから行けそうな行事には、ぜひ参加してみたいと思います!
ところで、横浜雙葉中学校。すごく前に文化祭に伺ったことがあるのですが、気になったのは、クラス単位での出し物がなかったことでした。それ自体は別に学校の方針なのでどうでもいいのですが、ただ、そういう学校って、入ってからクラスの団結力があまりなかったりとか、イベントや普段の学校生活で、部活入ってないと楽しめなかったりするんですかね?
間が悪い事に、また例によって介護電車長距離移動の合間に、角田光代さんの「わたしはあなたの記憶のなかに」を読んでると、「学校の文化祭をぶっちして男と遊ぶ横浜のお嬢さん学校の生徒」が出てきて、えーとこれは横フタですか?と思っちゃった。
しかしここまで書いてきて一番思ったのは、小説読んで学校探しするなよ自分、ってことですね。ちゃんと横浜雙葉、足を運んでみたいと思います。