受験までの道・ユズ中学受験直前期①
さて、すでに忘れかけている受験渦中の諸々ですが、今を逃せば永久に忘却の中に失われる日々ですので、なんとか思い起こして書こうと思います。次女ユズ、中学受験直前期編です。
12月某日。最後の公開模試。
昨年12月に、合否判定が出る最後の模試が行われました。模試を終えて出てきたユズは、「緊張して、手が震えて書けなかった。漢字が、今から見ると簡単なのに、焦って書けなかった」と。そこで危機感を覚えました。え?模試でこんなに緊張してて本番どうなっちゃうの?
結果は、偏差45位で、当然合格判定も良くなく涙を流すユズ。そこでまた危機感が。
そもそも、本番にピーキングを持ってくることができなく、本番で絶不調になり、とくに国語が大スランプに陥っていたのです。
原因としては、実力不足もさることながら、本人の性格的に、わからないところを切って先に進む勇気がない。結果、問題の最後まで解き切ることができない。
その悪いところが一番ダイレクトに出たのが国語で、その結果のスランプだったと思います。
正直私は、模試の結果を見ても、わからなくてできてないんじゃなくて時間がなくてできてないんだから、何とかなるんじゃね?と楽観的でしたが、ユズ本人が泣くほど気に病んでいるので、なんとかしなきゃ、と。
緊張しいであることも鑑みて、1月になるべくたくさんの学校を練習で受けさせよう!と決心しました。緊張対策と時間配分対策で。
1月1日。元日。
元日は、多くの受験家庭がそうであったと推察しますが、私と受験生2人が自宅に残り、それ以外の家族が帰省。
ユズは2月1日とAM・PM同じ時間配分で、2校分の過去問をやりました。
1月某日。受験初陣!
冬休みが終わるよりも早く、地方校のお試し受験に行ってきました。
ユズは全く緊張せず、淡々と受けて帰ってきました。
それを見て、???模試であれだけ緊張したのに曲がりなりにも本番の方がリラックスってなんで?これじゃあ2月1日本命校の緊張対策にならないじゃん!と思いました。
まあ、偏差値も合否判定も出る最終模試の方が緊張するのは、子どもからすれば当たり前ですが、なんだかなーと思いました。
ただ、親も子も、受験の1日のシュミレーションができたのはとても良かったです。
それ以降、なんとなく持参物とかがつかめました。
我が家の必勝セットは、
1.朝ごはんはちょっぱやなので、粥など軽く、
2.それだとお腹がすくので、試験会場までの道々で「くるみゆべし」を食べさせ、
3.試験の合間に食べさせるように、定番のチョコやラムネなどのほかに、甘栗や甘納豆など若干お腹に貯まるものを。
4.水筒はコンソメスープ、お腹にはホッカイロ貼る。
でした。
結果は合格。
1月某日。2校目埼玉校出陣。
こっちも淡々と受けて帰ってきました。もう、こういう何も掛かってない受験は、この子の場合練習にならないんじゃね?と思いました。結果は合格。
1月中旬某日。インフルエンザ罹患!
ある日、塾からふらふらになって帰ってきて、ベッドに倒れこむように寝てしまいました。翌日は高熱。コロナ抗原検査自宅でやったが陰性。
コロナ禍で受診できるところを探すのも一苦労でしたが、なんとか見つけて受診したら、結果はインフルエンザA。不謹慎ながら、ラッキー!と思ってしまいました。
なぜなら、最速でインフルAの確定診断がおりたため、即効で対インフル薬を使える(今回はイナビルでした)。そしたら、おそらく翌日には解熱する(←しました)。
そしたら”合法的に(?)”学校休める!過去問できる!
何しろ、ユズの小学校は受験がまったくもって一般的ではない学校で、1学年70人くらいの1~2人しか中学受験しない学校です。ユズ本人も、「受験のために学校休むなんて。。。そんなことで皆勤崩したくない!」と否定的。
その心意気や良しですが、学校に行ってて今のペースでは、どう頑張っても第一志望過去問10年分、終わりそうもないので、絶望しか感じなかったのですが、この5日間の出席停止で光が見えました。あれがなかったら合格しなかったかも。良かった。
そんなこんなで、5日間の出席停止で頑張って過去問演習を中心にやりました。
この時のみならず、直前期の勉強は、過去問・メモリーチェック・国語の過去問を色んな学校を1日大問1個ずつとかやっていました。
国語の過去問1日大問1問は、「国語解き終われない問題」への対策として。
結論としては、この問題克服できなくて、本番まで国語は足を引っ張ってましたが、この勉強法は良かったと思ってます。ユズ本人は、国語の文章をいっぱい読んだ中で、「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」が一番良かった、情景が頭に浮かんだ、と言ってました。国語力ない子だけど、その感性は素敵じゃないですか?
1月下旬。千葉受験回避。
千葉受験は回避しました。
理由としては、インフルエンザ罹患を目の当たりにして。
だって、娘の小学校、良くも悪しくも田舎で、その時点でインフルエンザ罹患、学年でひっとりもいなかったんですよ。
だとしたら、
娘のインフルエンザ罹患、確実に地方校か埼玉受験のときじゃん
と思って。
感染症の時期、慣らし受験のそういったリスクを思い知らされたときでした。特に千葉受験は、本番2月1日以降まで1週間強しかあかないから、ここで罹患したら取り返しがつかない。
インフルに掛かる前は、かりにコロナ感染したかも?と思っても検査はせずに、受験当日に元気ならば受験させようかな、という考えが、一瞬でも頭をよぎったことは否定しません。
でも、実際にぐったりした我が子を見たら、そんな考えは一瞬で頭を吹き飛びます。
私は、ぐったりした我が子を見た次の瞬間に、抗原検査キットをユズの鼻の孔に突っ込んでました。
てことは、千葉で万が一感染したら、もうそこで受験終了ってことですよ。
そのリスクを負うわけにいかない(あと、千葉遠い連れてくのめんどくさい)。で、千葉受験は回避しました。
割と四角四面なユズからは、「受験予定の千葉校は、第二志望のS泉と偏差値同じくらいだから練習になったのに・・・」と文句を言われました。
そういう融通が利かないところが成績低迷の理由だよな、と思いましたが、本人にはさすがに言わないでおきました。
唯一後悔してるのは、受験料の振込で、私は中学受験トーシローですから12月に1月校まとめて出願しましたが、千葉はぎりぎりまで出願が可能だった、ということ。2万円くらい無駄になったわー。
1月31日。受験前日。
受験前の1週間は、(ユズは不本意でしたが)学校を休ませ、自宅学習していました。
前日の1月31日は、私も仕事を休んでユズに付き添いました。
国語の記述の練習をユズとしていて、ユズがアイデアが出てこないので、ユズに、「こう考えてみたら?」「こういう経験は?」と水を向けていたんですが、
「それで思いついたら苦労しないよ!」と、ユズは突然泣き出して、部屋に籠ってしまいました。
それで、ああ、受験前日に子どもを泣かせるなんて、私も悪い親だなあ、と反省をちょびっとしたのですが、でもよく考えると、私べつに悪くないよね?とも思い。
ひとしきりその反省と紋々を繰り返し、そろそろユズも勉強させねば、と思い、ユズの様子を見ると、なんかメモリーチェックをやってました。まあ、前日だし、本人が機嫌よく勉強できるならそのほうがいいや、とそのまま放置。
てゆうか、受験前日に、2月1日PM校は、「活動報告書」を受験当日に持参しなければならないことに気づき、ギャー!と内心修羅場りながら活動報告書を作成しました。5年と6年の欠席日数もわからなかったし・・・。塾に書き方を電話で聞いたりして(前日にこれかよ、と塾も呆れていたに違いない)。
「美化委員長として校内の美化に尽力」とか謎のドヤりを交えながらなんとか作成しました。そんなこんなで、受験当日にGO!
(続きます)